2012年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年09月

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時代は変わる

 数年前といっても、もう10年以上前からかも知れない。選択と集中という経営戦略。シェアトップで無ければ生き残れない。そのためには限られた経営資源を伸びると思われる分野に集中投資するという事である。

その手法に急展開したあるメーカーはその創業からの経営理念に

【いたずらに規模のみを追わず、誠意と独自の技術を持って、広く世界の文化と福祉の向上に貢献する。・・・】

 の社是がある。他メーカーが海外に活路を求めているとき国内に部品からの一括生産工場を建設し事業を開始したときから猪突猛進が始まった。

しかし当時からシェアナンバーワン以下との技術の差は微差しかなくナンバーワンを守るには莫大な投資を永遠に続けるしかないといわれていた。

液晶と太陽光発電への急激な傾斜、一時期は世界ナンバーワンと誇示していた。しかしそれはたった1,2年しか続かなかった。それでもオンリーワン戦略に磨きをかけるんだと当時の社長は胸を張っていた。退いた後もいつの間にか社内では天皇と呼ばれるようになっていた。

さらに巨大工場を建設したときには既に韓国メーカーに大きく遅れをとっていた。開発世代を抜く事は不可能と思われていたのに需要がカバーしてくれると信じて。その需給バランスが崩れた。

社是は無借金経営であったはず。あの千里から天理への言葉は遠い昔。いま、その借金の総額を聞いてそら恐ろしくもなる。到底正常な数値に収まるはずの無い金額だと思ってしまう。もはや最悪シナリオから脱するためにはなりふりかまわず突き進むしか道は無いのだろうか?

ここに至るまで、素人が考えても方向転換が出来たタイミングはあったはず。奈落の底に導いてしまった経営陣の責任は重い。
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奥出雲斐乃上温泉 民宿たなべ

 久しぶりに島根の名湯、斐乃上温泉に行ってきました。斐乃上温泉はアルカリ単純泉ですが私の知る限りでは肌にぬるっとする温泉では最高です。美人の湯と言われております。

今日はいつも行くヴィラ船通山ではなく、さらに奥に進んだ登山口民宿たなべの日帰り入浴です。斐乃上温泉は鉱泉です。ボイラーで加温するわけですが源泉かけ流しをうたっています。最近広島TVで放映されたし、ネット情報では絶賛されていましたので期待は高まります。

民宿です。結構古いお宿だそうですが一旦廃業されていて現在の建物はお子様か?ご親族が再興されたそうです。先客もなく男、女風呂も同様独り占め。なぜか浴室はサウナ状態。窓ドア密閉? 
 熱湯掛け流し浴室は密室サウナ状態 
さて酷評はしたくないのですが、本日営業はされていたのですが日帰り入浴の浴槽は放置状態。浴槽蛇口からお湯が出しっぱなしでとても熱くて入れない。たぶん50℃くらいか。お湯を止めて水を蛇口いっぱいに開ける。その間露天風呂へ。これがほとんど水風呂あの小屋原温泉よりぬるい。これは調整のしようが無い。40℃くらいのお湯が流されているがちょろちょろで大き目の露天浴槽では冷めてしまっている。直下でさえ水風呂。 
ちょろちょろ掛け流しの殆ど水風呂。アブと格闘自然いっぱい!
こだわって源泉掛け流しだそうですが、鉱泉をボイラーで沸かしてバルブの手動操作で適温にして掛け流すには私の乏しい知識ではこれの湯守りは至極大変だと思われます。結局30分ほど待っても熱すぎて内風呂は入れなかった。

露天は"あぶ"が押し寄せ、アースジェット片手に虫取り網(ゴミすくい)を振り回しながらで入る始末。おまけに洗い場のカランは目詰まりでシャワーも蛇口もちょろちょろ。もう勘弁して。女風呂も男風呂ほど高温ではないようでしたがいつも長湯する女房も私より早く出ていました。

久しぶりのワイルドな自然いっぱいの温泉でした。ちょっと酷評でしたが多分朝から入浴した15:00頃まで先客が無く、昨夜浴室をお湯出しっぱなしのまま施錠したままだったのではないでしょうか?そうで無ければ網戸があるのに窓を密閉するはずがない。それにしても日帰り温泉で500円とは云えお金を払う以上最低限の湯守はお願いしたい。下手すると熱中症で倒れてしまってもおかしくない。二人の小さな女の子、子育ての真っ最中のご様子。今日だけ特別忙しくて多分手が回らないのだろうと思います。大目にみてあげたいのですが。

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| 旅行温泉巡礼遍路 | 22:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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北海道は開拓の歴史

サロベツ原野にたたずむ廃屋と巨大笠雲が離れた利尻富士 

 稚内天塩線の海岸道路から見る心に残る風景です。 
北海道の雄大な景色の中で所どころに見る原野に埋もれようとしている廃屋が目に焼きついている。

北海道に限らず日本全国、山間僻地での廃屋は毎年増加の一途である。しかし北海道は内地とは異なる厳しくも悲しい開拓民の歴史がある。屯田兵、明治初期の廃藩置県や江戸幕府の崩壊、網走監獄の囚人による開拓の話、また、内地からの開拓民の新天地を求めての移住、戦後の北方領土からの引き上げなど枚挙にいとまがない。

全国至るところから開拓民が移住した。太平洋戦争後に至るまで明るい将来成功の夢を見て開拓に従事した重い歴史がある。北海道の至るところで自然に埋もれようとしている歴史遺産、廃墟を見るにつけ先人の艱難辛苦を思わざるを得ない。様々な開拓の歴史はドラマや映画で少しは知っているつもりでいた。

数年前、旭川在住の移住3世?くらいの方がルーツを訪ねて四国徳島を訪問された。残念ながら現住の方の特定には至らなかった様ですがでもその方のご家族は多分成功されて北海道旭川の地に子孫を残されている。その方とメールのやり取りをし、ルーツ探しにお手伝いをさせていただいたのだが、私の出身実家は分家。本家は明治初期に朝鮮へ移住し夢破れ戦後故郷に帰郷したが居所がなく、北海道に夢を繋ぎ移住したそうである。

今でも判然とはしないがその方の奥様の実家とルーツが共通しているのかも知れない。今回は訪ねることはしなかったが、そうした悲しくも厳然とした歴史が詰まった北海道なのである。 夏の北海道では廃屋くらいでしか想像できないのだが。


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| なんとなく思う事 | 22:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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