PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

今年の北海道旅行プランに行きたいところが出来た....

 映画"北の零年"は2005年の公開から、もうかれこれ10年近くなる。現役中だった。どういう関係か定かで無いが取引先から前売り券購入をお願いされ購入したのだが、丁度退職間際のどたばたでつい、見ずに終わった。

公開前に阿波徳島藩淡路城代の稲田家家臣団の北海道開拓物語のようだとは聞いていた。先月1月にテレビ放映されたので録画しておいた。昨日ようやくじっくり見ることが出来た。

私は徳島県出身。昔の阿波徳島藩である。稲田家は徳島藩蜂須賀氏の家臣で淡路を統治していた。廃藩置県で稲田家家臣団は北海道移住を命ぜられるのである。

移住命令の経緯は少し複雑な理由がある。稲田家は阿波藩の家老であったが阿波藩からの独立運動を起こしている。庚午事変という。徳島県人としては複雑な思いはある。ここで歴史を振り返るつもりは有りませんが、阿波道→淡路となった→兵庫県編入の一因かも知れないとの私の考えは間違っているのでしょうか。

映画をみたついでに徳島県立文書館のHPを除いてみた。
移住の先駆けとなった稲田家の静内移住 に詳しく記述されている。
nikap.jpg
2012年夏に静内を通過しの日高の道の駅や新冠駐車公園にも立ち寄ったが稲田家家臣団の静内開拓については全く知らずに立ち寄った。映画に登場する吉永小百合さん演じる小松原志乃さんが育てた馬は現在の日高馬の原点だったと初めて知りえたのである。

北海道は幕末から明治に一挙に移住が始まったことは良く知られており、多分石川啄木が函館、小樽などに生活の糧を求め流浪の旅が知られる大正時代くらいが高度成長、繁栄のピークだったのかも知れない。

私の先祖(本家)は明治初期に朝鮮に移住し太平洋戦争終戦直後徳島に帰ったがその後行方不明となった。旭川の市民ランナーのブログから極めて似通った情報があった。旭川近辺で子孫が居住しているかもしれない。

メールでの交流では相違点も多く、それ以上掘り起こすことはしていない。しかし、北海道の開拓者として移住された祖先を持つ多くの方々は自分のルーツはやはり知っておきたいはずである。歳月は泊め様がない。途絶えようとしている。それは誰だって様々な事情を抱えている。

関連記事

| 旅行温泉巡礼遍路 | 23:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT














TRACKBACK URL

http://matrasan.blog87.fc2.com/tb.php/400-8ea5e7f5

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。