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古里勝浦川の景色

旧今山橋上流の風景

里帰りの都度、何か違うと感じていたのです。

それは景色が青い、河原に緑が多い。

今の景色。今山橋付近から。

水面が多い。湖の様。玉石の川原は無い。

自然がいっぱいと思っていたのですが。

いつも夏。お盆の頃に帰るのでそう感じてもおかしくは無いのです。

子供の頃を思い出す。

ジェーン台風前は玉石の川原や少しの草木が混在していた。

用水路には蛍の洪水。鮮明に覚えている。

昭和25年、ジェーン台風で堤防やの草木、全てが流された。家や人までも。

それからも幾たびか台風の都度少し生えた草木はそのたび濁流に流された。

その後、川原は丸い石ころの石原となった。

草木は全て流され、白っぽい大小の石や砂利ばかり。

川からあふれるほどの大量の石ころと砂利。土泥は全く無かった。

左右に堤防が築かれた。

昭和30年台には砂利採取の機械がうなりを上げていた。

採取は禁止されたが既にあふれるほどの石原は姿を消した。

それなのにいつの頃からか川原は草原の様。

川原に玉石が見えない。水質もよく見ると昔の様ではない。

水中の石には泥が付着している。水に棲む虫が少ない

両岸の山はみかんの木が整然と手入れされて春には花が咲き、

盆地一円香しい匂いにあふれる。秋には黄金の山になる。

昭和40年代までは。

そしてみかんが売れなくなって久しい。

今もみかん山は残るがみかんの木と雑木の境が判然としない。

昭和50年頃、上流に正木ダムが出来た。

その後今の景色や水質になった。

台風が来ても昔のように堤防があふれるような水位にはならない。

土砂はダムで堰き止めれ下流にまでは達しない。

たまの放流で底をさらうように土砂を下流に流す。

しかし、上流から供給は無い。

淀んだ水面。草原のような川原。

小型台風では川はやさしく流れ草木は何事も無かったように。

子供の頃、喉が渇くと川の水を飲んだ。

洗濯も大きなものは川でしていた。

あずき餡を作るのに川の流れで小豆を洗っていた。

今、それでも水質は環境基準を満たしてはいるそうである。

いまも清らかに流れている勝浦川。

昔はもっときれいだった。

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